2021-07-13
まちづくり
歴史ある観光都市と借地権問題の考察ー小樽の栄枯盛衰と古い建物、土地の関係ー
川村 健治
不動産業に携わっていると、底地権・借地権について考えることがしばしばあります。これらを考えることで別の視点でその土地の歴史的背景が見えてくるように思えます。
今回は北海道が誇る観光名所、小樽について、宅建事業者の視点で考察していきたいと思います。
【目次】
小樽が人気観光地である理由は古い建物が多いことに尽きる
北海道が誇る人気観光地の一つである『小樽』。他の観光地が如何にその魅力度を高める努力をしてもそう簡単に小樽のような知名度を得ることは難しいものです。そこには様々な理由がありますが、『歴史』という要素は外せません。過去より刻まれてきたその歴史は、未来に模倣することは不可能です。
ご存知ではない方もいらっしゃるかと思いますが、小樽はかつて北のウォール街と呼ばれるほどに北日本の中心的存在であった街です。
産業による小樽の爆発的な発展により、1878年を皮切りにたくさんの銀行が小樽へと進出し、小樽初の銀行支店開設から遅れること15年後の1893年に日本銀行小樽派出所が開設されることになります。
小樽の町はこうして発展し形成され、いつしか「北のウォール街」と呼ばれるようになります。
そして、もう一つ付け加えなくてはならないのは、他の都市には類を見ないほど沢山の伝統的建物が数多く残っています。古い建物が醸し出すノスタルジックなムードは、日本人のみならず外国人旅行者をも魅了してます。どんなに歴史という魅力があったとしても、新しい建物ばかりでは、その歴史を感じ取ることができなければ、これ程までに観光客を惹きつける要素とはなり得ないものかと思います。
では、なぜ小樽にはそのような古い建物が数多く残っているのか?その答えの一つは、「小樽には借地が多い!」ということが挙げられます。
建替が進まない背景にある底地権・借地権の問題
つまり、借地が多いと建物の建て替えが進みません。その理由について考察してみます。借地とは建物所有者が地主から土地を借りてその建物を所有している状態を意味します。例として、とある借地権付建物のテナントビルで、誰かがホテルを営んでいるとします。その場合、関係者は以下のようになります。
底地人:土地の所有者(つまり地主)
借地人:建物の所有者(底地人に地代を払っている)
借家人:ホテル経営者=建物の賃借人(借地人=建物所有者に家賃を払っている)
構図自体は、そんなに複雑ではありません。単純に底地人がいるだけと見えます。しかし、その底地人の存在こそが、建替を容易にしない根本的な理由となっています。
その要因としては、
1)旧法借地権は、期間が50年と長期であること
2)建替するにも底地人の許可が必要であり、それを得る際は、建替承諾料という金銭が発生することが慣例になっていること(かなり高額)
3)底地を売却するという意思が基本的にないもの(建物からの賃料は稼働率とか建物老朽化のリスクがあるが、地代はそのリスクが全くない)
このようなことが挙げられます。要するにどんなに建物が老朽化しても、簡単には建替ができないということなのです。
古くて歴史のある建物が小樽のノスタルジックな魅力を生み出してるというポジティブな側面であり、逆にネガティブな側面でもあります。また、小樽は借地権だらけ問題(勝手に命名しちゃいました)が引き起こす負の側面はそれだけではありません。
借地権が金融機関の査定に与える影響
借地人(=建物所有者)が、その建物を売却しようとした場合、どうなるでしょうか?経済的な観点からは、支払う地代と受け取る賃料の差額によって、プラスが生じれは、その建物には経済価値があると認められて当然と思われます。
銀行査定のイメージ(写真:photo AC)
しかしながら、購入者がそれを金融機関の融資を利用して買い取ろうとした場合には大きな問題が発生します。それは、金融機関の査定として、評価額は大きく下がってしまいます。専門用語で、借地権付建物と呼ばれる、この売買対象物は、金融機関としては「土地がない、古びた建物があるだけ。担保はほぼなし」としか見ることができず、ほとんどのケースで、審査が通らない。通ったとしても売買価格のほんの一部のみということになってしまうのです。
不動産は、よほど現金を持っている方以外には、融資を活用しての購入が多いため、借地権付建物の売買が成立させることは至難の技です。不動産売買が活発にならないということは、それだけ経済の活性化にも悪影響を及ぼし、強いては街の老朽化、少子高齢化などを加速させていってしまうのです。これが栄華を極めた小樽の衰退が止まらない理由に直結してます。
小樽の古い街並みが経験してきた悪循環と好循環の仮説
小樽の例にすると以下のような悪循環があったのではないかと仮定することができます。
【悪循環の仮説】
かつて栄華を極めた小樽の富裕層→ その資産を土地に投資し、底地で半永久的に稼ぐ→
借地人が店子に店舗を貸し出す→ テナントも商売で儲ける→ 建物が老朽化し始める→
建替はできないし、なかなか建物を売ることもできない→ 寂れ始めてくる→
もっと寂れ、やがて若者も離れる
いかがでしょうか?街や建物が寂れて、若者が離れていく様は少し寂しさすら覚えてしまいます。
一方で、その次に起こったのが奇跡的とも言えるような好循環サイクルだったのではないでしょうか?
【好循環サイクルの仮説】
古い建物と街並みが残る→ ノスタルジックで独特の魅力が観光名所となる→
巨大資本・外国資本が参入し始める→ 観光を核とした経済発展が始まる→
さあ、これからだ!という時にコロナ(現在)
コロナの問題がなければ、まさに小樽は古い建物や街並みが残っている都市で考えられる典型的な好循環サイクルにあったのではないでしょうか。SNSが普及していない20年以上前にはあまり考えられなかったはずです。
まとめ
経済発展の足枷となっていた要因が、救世主になっているってことです。私の持論は、このようなジレンマやコンプレックスこそが誰からも真似されない魅力の源泉になるということなのです。地価上昇率で度々話題となるニセコも同じです。悩みの種でしかなかった豪雪が、パウダースノーとして持て囃されているのですから。
私個人の話で言えば、現在の強みとなっているのは、かつてはコンプレックスだったことばかりです。そういった意味では人と街の栄枯盛衰には近い要素があるのかもしれません。
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文:川村 健治
編集:簡 孝充